分析を分析する

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モノづくりの中で、当たり前のように某かの分析が行われる。
人が何を欲しがっているのか?皆が腹を空かせているいるような時代であれば答えは簡単だった。しかし、すべてが満たされているように見える時代。何が必要で、何が役に立ち、何が魅力的なのか?よく分からなくなってしまった。それは、あなたにとって、とても良いモノですからと言って、手渡して、使い方はさわれば解るでしょ、さぁどうぞ!というところまでしても、それがその人にとって欲しいものだったのかどうか判断できない。さらに悪いことに、経済は、もっと細かく人や市場から少しでも多くの利益を得る為の隙間を探すことに夢中なのだ。

 
私たちは、もうモノなど欲しくないのだ。

 
さぁて、どうしよう?と我々は腕組みをしている場合ではない、
まず調査だ!調査を分析すれば新たなモノづくりの展望がひらけるはずだ!

 
本当だろうか?

 
分析には2つのやり方がある。

 
①すでにある物事をスライスして、それらが成立している条件や要素を明らかにするやり方。
②まだない仮説をつくり、それを成立させる条件や要素を次々に明らかにするやり方。

 
①は、目の前に壁があることを証明してゆく、そこに壁があるから、それを避けて前に進むべきだという分析方法である。多くの分析手法はこの見えない壁の存在を明らかにする。そして、既にある概念を再構築し改善を繰り返すのだ。
②は、ヒラメキやインスピレーションと呼ばれる「たぶんこうだ!」という仮説が必要なのだ、その仮説を生む能力は「勘」と呼ばれるものなのだ。それは、洗練された「観」と「感」さらに、現実までの物語を描けるストーリーテラーに裏付けられたものでなければならない。そして、その仮説を分析してゆくのだ。

 
モノづくりをしていくなかで、この2つの分析はさけることができない。だが現場では、②の仮説をつくる方向は軽視されがちである。その原因は、システムや組織の中でプロとしての行き場が排除され、個人の想像力と創造力の欠如につきるのだ。

 
そして魅力的なモノづくりを調査という水で一生懸命に薄めてしまうのだ。間違いなく分析方法がおかしい。

 
そこのキミ。「これはどうなんだ?」という質問に
「あの人がこう言ってました。」とか「この記事にこんなことが書いてました。」とか言っていてはいけない。
自信がなくても「私はこう思います!」とハッキリと答えよう。
そして経験と感覚を伝えよう。
そこからプロとしての成長が始まり、プロどうしの対話が始まるのだ。

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