暮らしという言葉

美術や工芸というものは、いかに「暮らし」によりそってゆくべきか?
「暮らしの手帖」という雑誌をすこしあさってみました。

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“暮らしには。正しいとか正しくないとか、良い悪いはありません。
百人の人がいれば、百の違った暮らしがあるように、世界中どこにいっても同じ暮らしなんてひとつもないからです。暮らしは、人それぞれの心持ちで、人それぞれのかたちで存在しています。
美しい暮らしとはなんでしょう。暮らしの美しさとはなんでしょう。
それは、ひとりであったり、家族であったり、大勢であっても、ささやかな愛情と、手のぬくもりによって、おにぎりのように、まあるくこしらえた暮らしを大切にしようとする人の心、ちからとなる働きです。決して日なたに現れるものではなく、目にみえるかたちでもありません。言葉やかたちで言い表せない、触れただけで自然と涙が流れるようなまばゆいものです。
暮らしとは本来、日々何も変わらず、淡々と同じことの繰り返しが続くことです。ひとつも変わらない毎日をこつこつと精進していく。人にとって、それがいちばんのしあわせです。しかし、社会やまわりは日々刻々と変わっています。新しいほうへ、また明るいほうへと、どんどん変わっていきます。なぜでしょう。それは成長しているからです。
社会やまわりが成長していくなか、自分だけは変わらないことをしあわせと留めていてよいのでしょうか。留まっていたら、どんどん自分が古くなっていくだけです。自分らしさを失わないように、変わらないために、もっとも大切なのは、心とからだをいつもやわらかくし、初々しく、素直に生きることです。
素直になるということは、社会と同様、日々成長しようという心持ちです。そしてまた、いつまでも自分らしく、昨日よりも今日、今日よりも明日、明日よりも明後日と、いつも新しい自分であり続ける努力をしていくことが大切なのです。
(中略)
美しい暮らしに大切なものが、もうひとつあります。それは人間らしさです。人間らしさとはユニークであること。人の魅力は、美しさだけではなく、ユニークさもあることを忘れてはいけません。ユニークさには人間のあたたかさがあります。ユニークさの後ろには笑顔があります。笑顔とは楽しいということです。(後略)”
「暮らしのヒント集」まえがき 2009年4月 松浦弥太郎

“美しいものは、いつの世でも
お金やヒマとは関係がない
みがかれた感覚と、
まいにちの暮しへの、しっかりした眼と、
そして絶えず努力する手だけが、
一番うつくしいものを、いつも作り上げる”
「美しい暮らしの手帖」1世紀1号 1948年9月 花森安治

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素直に生きる。ユニークに生きる。
そこのキミ。そんな生き方をどう思う?

ハサミの柄ー修理

相方さん愛用のハサミの柄が折れてしまったらしい。

結構、使い込んでいたようで、おそらく指のチカラ加減でプラスチックが疲労してしまったのだろう…。

接着剤で貼付けただけでは、またすぐに壊れてしまうだろうなと思い、軸を入れて修理しました。

捨ててしまっても良いのだろうが、修理できるものはして、使い続ける方が私は好きです。

「100円ショップのハサミ直しておいゾ」と言ったら

「100円じゃないわヨ!」と怒られた…。

老子の言葉

老子の言葉を探りました。
紀元前4世紀から「モノづくり」の思想が脈々と受け継がれているような気がします、
そして、現代の誤りもここから読み取れる気がします。

私たちは「モノづくり」の普遍性を追求しなければならない。

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天下、皆知美之爲美、斯惡已。皆知善之爲善、斯不善已。
 
故有無相生、難易相成、長短相形、高下相傾、音聲相和、前後相隨。
 
是以聖人、處無爲之事、行不言之教。
 
萬物作焉而不辭、生而不有、爲而不恃、功成而不居。
 
夫唯不居。是以不去。

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天下、皆(みな)、美の美為(た)ることを知る、斯(これ)悪なる已(のみ)。
皆、善の善為ることを知る、斯、不善なる已。
 
故(まこと)に有無相生(うむ あいしょう)じ、難易相成(なんいあいな)し、
長短相形(あらわ)し、高下(こうげ)相傾け、音声相和し、前後相隨(したが)う。
 
是(ここ)を以て聖人 は、無為(むい)の事(こと)に処(お)り、
不言(ふげん)の教えを行なう。
 
万物は作(つか)われて而(しか)も辞せず、生じて有せず、
為(な)して而も 恃(たの)まず、功成って而も居(お)らず。
 
夫(そ)れ唯(ただ)居らず、是(ここ)を以て去らしめられず。

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人々は、「美とは何か」を知っているが、それは醜いもと比較しているだけだ。
みんなが「善は何か」を知っているが、それは良くないおこないを知っているだけだ。

 
有から無がわかり、難しさがあるから容易さがわかり、短所があるから長所が形になり、
傾きによって高い低いがわかり、音は混じり合って心地よいものになり、過去と未来は相対的な関係にある。

 
だから、そのような比較を表現することではなく、静寂を教える。

 
そうやって様々な物事をつくりあげても
権利は要求しない、なにか実行してもそれによりかからないし、達成しても見返りも求めない、
それを自分の名誉や栄光として、うけようとはしない。

 
そこに止まらないからこそ、その境地から追い出されなくなるのだ。

 
そこのキミ。この言葉をどうとらえる?

場所づくり

ようやくではありますが…。
ホームページのカタチをなんとなく整える方向がみえてきました。

“Adobe Muse”というソフトを使っています。コードを書かなくてもサイトがつくれるというすぐれものです、以前はソフトを使わずにシンプルにタグをひたすら打ち込んでやっていましたが、便利なものがあるものです。

でもコツコツ、クラフトマンシップに則ってつくりあげることには変わりありません。時間はかかりますがジワジワやってきます。